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時を経て

2014年08月13日

当時、ヒッピーのあいだで回し読みされていた、
と聞いて初めて読んだのが18歳の頃。

音楽、旅、思想、、、

72年生まれの僕は、
僕がちょうど生まれたころのアメリカのムーヴメントに憧れていて、
誰のせいでもないのに、
なぜもっと早く生まれてこなかったのかとひたすら悔やんでいた。
ちょっとした運命のねじれだったと気づいたのはずっと後のこと。

僕は旅に出た。
バッグには、かもめのジョナサンが放り込まれていた。

僕なりの、時代遅れのかっこつけだった訳だ。

ルーティーンから外れ、
しがらみやルールや道理みたいなものをかなぐり捨て、
自由や自己の可能性を求めて旅に出る…

「独り」という苦味を味わうのも初めての経験だった。

それは、ジョナサンも同じだった。
僕の軌跡のエッセンスは、既にジョナサンが歩いてきたものだった。
だからこそ、僕のバイブルだった。



ジョナサン1

本が何よりも僕の糧だからこそ、
一つの指標がある。

どれだけ配布したかw
返ってこないと分かっていて、
「これ、ぜったい読んだ方がいい!」
と渡した本数知れず。
CDも一緒だ。

その中でも、かもめのジョナサンは
布教ばりに渡して、返ってこなかった。
みんな、しっかり読んでるのか?!

ジョナサン2

まあ、いい。
借金はあげたものだと思え、に近いかも。

で、そんなバイブルが実は完成でなく、
続きがあった!
40年近くを経て完全版が出版されたんです。

驚きであり、嬉しくもあり、何とも複雑な気持ち。

たしかに、元は完成品ではなかった。
だけれども、続きを夢想させる、という意味では完成していた。
と僕は思う。

言葉で尽くせば尽くすほどに矛盾が生まれる。
だからこそ、簡潔に、言い過ぎない、
そんな世界観が、かもめのジョナサンにあった。

思い入れのある本の完全版、、、

ああ、ああ、

率直に。

面白かったけど、なくて良かった。

期待したのは、
ジョナサンがさらに、どれだけ世界を観ずることになるのか?ということ。
だけれども、続きは、ジョナサンの個の経験ではなく、
全体としての個のあり方、
間違いやすい人間の過ち、みたいなのに終始して、
「うん、うん、こういうこと、よくあるよね」
という、何というか、井戸端会議的になってしまっている。

最後、ジョナサン的に元の本で終始語っていた、
時空間を越えることの大切さを表現して終わるんだけど、
僕的には物足りない。
ジョナサンが苦痛の極みを経験しつつ、それによって新たな道が開ける、という
そのプロセスを僕なりに観じてみたかった。

というのも、贅沢な感想なのかもしれない。

良いものには注文つけたくなる、
それだけで、
読了のハッとする感覚はしっかりあります。

いい本です。
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