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ドンキホーテに聞く

2014年03月23日

ドンキホーテ
いいんだな~
あこがれる。

中世最後の英雄ドンキホーテ

騎士道精神を追い求め、巨人を倒すため馬に乗って旅に出る。
ところがその時代の環境は、巨人の代わりに風車を出現させた。

環境はもはや英雄の精神的な要請に応えるものではなくなっていた…

「神話の力」
ジョセフ・キャンベルより抜粋

~ドンキホーテはちょうどその場についたとき、目指す相手だった巨人が魔法使いによって風車に変えられたのだ、と考えることで自分の冒険を救いました。とにかく、それ以前は、英雄の活動の場は機械論的な世界(簡単に言えば科学的な)ではなくて、彼の精神的な意欲に応える、生きた世界だった。今はそれが、さまざまな自然科学、マルクス社会主義や、行動心理学によって理解されているような、ゴリゴリの機械論的世界になっている。おかげで、私たちは刺激に対して予知可能な反応しかない配線回路にすぎなくなった。19世紀の世界観は、現代生活から人間の意思の自由を絞り出してしまったのです。~

ドンキホーテは風車と戦う、おバカな人として描かれていますが、
なるほど、この小説は、
中世的なモノの見方が、機械的なモノの見方に取って代わったと示唆しています。
時代が変わればかける眼鏡(ものの捉え方)も変わる。

さて近代から現代へ。
この機械論的なモノの見方が限界にきているようです。

ドンキホーテだったら今、一体何と戦うんでしょうかね?

旅に出る前に、ヴァーチャルな旅を体験してしまい、
旅に出た気になっている自分と戦うのか…

旅に出たはいいが精神的な創造に明け暮れる前に
携帯(PC)で現実につながりすぎてしまう、その現実と戦うのか…

旅に出たはいいが、情報という霧の中で眼前を探る戦いなのか…
(ハエを追い払うように)

そう、僕らが生の本質を追い求めようと旅に出るのならば、
ドンキホーテ的に戦う相手はモノ(機械論)から情報に変ったように感じる。

さあ、生の本質を求める旅に出よっと。

そうすれば、何が現代の風車なのか見えてくるのだろう。

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