トップ  >  生命力レポ  >  神話を生きる

神話を生きる

2014年01月12日

生命力研究員のカズです。

日々是好日。

生命力研究は永遠にワンダーを求め続ける作業なので、
どこを切り取っても常に僕にとっての最高です。

さて、今日は前回の続き。
こちら
神話について。

昔旅していたころ、
「あなた何やってます?」って質問に、
いつも「ヒトです」って答えていた。

ベタだねw
あの頃プータローだった僕の最大限のかっこつけだったけど、
ああ、今でもそんな心持ちだなと感じる次第。
人生、ヒト、生命力・・・
ドストライクのテーマだ。

ヒト、人生、生命・・・
冒険は続く。

そう、
自分なりを求めて冒険(自分のチャレンジ)の旅に出るのならば、
僕らヒトには神話という宇宙から送られてきた教科書に学ぶことができるんだ。

何もぶっ飛んだ話ではない。

世界の神話や高度に発達した民話をふるいにかけて、
原石をとりだしてみると、
その多くが共通したストーリーを内包している。

世界には言葉や設定は違いながらも多くの神話があり、
エッセンスは同じだという・・・

ホント、ヒトのこういう歴史、
夢、あるよね。

僕の愛読書
ジョーセフ・キャンベル
「神話の力」

sinwano.jpg

神話のエッセンスはヒトがヒトとして「生きる」ことにおいて、
道筋を示してくれることだとキャンベル先生はいう。

無上の喜びを得るために・・・

「~~すべきだ」
僕らは本当にその「すべき」を順守すべきなのだろうか?

カモメのジョナサンに書いてあったように、
決まった場所でエサをついばむだけの、
「~~すべき」に疑問を持ち、自分だけの幸福を追求したとき、
そこから神話の旅が始まった。

勇気から始まる第一歩。
神話はその一歩を踏み出した時に理解が深まっていく。

神話の中には、ヴィジョンの探究と言いますか、神からの賜物やヴィジョンを求めて旅立つという型のものがあって、どの民族の神話でも形式は同じです。いろんな民族の異なった神話に、基本的には同じ探求が見られます。自分の世界を後にして深淵へ下っていく、あるいは遥かかなたへ、あるいは天の高みに昇っていく。そしてそこで、自分がそれまでいた世界では意識できなかったものに出会う。そのあと、見出したものと共にそこに留まり、世界のことは放っておくか、世界に戻り、社会の中でその恩恵を保持することに努めるか二者択一を迫られることになる″p228

神話には書かれている。

人類がいくら科学を発達させて、
視覚でき、説明されるものが増えたとしても、
人間の探究の神話がどんなものか、その覚知はどの段階に達しているのか、子どもから大人へ移行する際の試練とはなにか、成熟した大人になるとはどういうことか、ということに立ち返ろうとするなら、そういう物語がある。
ヒトがヒトとして根本で求めるものはいつまでも変わらず、
神話は教科書としてその輝きを失わない・・・

答え、じゃない。
ヒトとしての道筋なんだ。

最後まで自分の人生だし、時代背景もある。

でも、自分の内側に忠実になり
幸せを追求し、冒険に出たとき、
それは明るい話ばかりでなく、
むしろ暗い森の中を手探りで歩むことになるけれど
神話はその足もとに明かりを照らしてくれる・・・

するとそこには…

神話を生きて
個人神話を創作していくのが、無上の喜びだということです。

夢想して、学んで、持論を展開して、実践して、ワクワクして。

今ほど自由に発想していい時代もそうないよね。

神話を生きる、
生命力研究において欠かせないテーマ。

スポンサーサイト

このページのトップに戻る

コメント

名前
題名
メールアドレス
WEBサイト
 
コメント
パスワード
  管理者にだけ表示を許可する

このページのトップに戻る

トラックバック

このページのトップに戻る

プロフィール

kazooさん

Author:kazooさん
整体師 健康管理士

一人宗教家
勝手に思想家・哲学者
生命探検家

老人になったら最高にオモロイ人になります。

最新記事

カテゴリ

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ