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DMN 色即是空 空即是色 空とはこのことなの?

2013年08月23日

DMN(デフォルト モード ネットワーク)
が頭にこびりついている!

脳のダークエナジー(宇宙に遍満するの未知のエネルギーのこと)
なんて呼ばれている。
ワクワクするね。

だいたいの説明はコチラ。
http://georges-canguilhem.blogspot.jp/2010/11/dmn-default-mode-network.html

載っていた新聞には、
無意識(DMN)と意識があって、
その無意識の領域が意識しているときの20倍ものエネルギーを消費しいてる
と書いてあったのだけど、無意識を使うと少し誤解があるように思う。

なので、頑張って易しく書いてみようと思います。

まずは、
物事を「これだ!」と認識する領域(上記では意識)と、
その認識する手前の領域(上記では無意識)とに分けてみます。
「認識」と「前認識のフィールド」とします。
(「言語化」と「前言語のフィールド」でもいいけども今回は「認識」で)

認識は、物事を、あれだ、これだと確定づけて、
自分なりの解釈で現実世界を形つくる。
もちろんそれは社会的フィルターだったり、教育、文化、宗教、
さまざまなフィルターを通ることとなるから、
「自分なり」でありながら多くの影響を受けての認識だったりする。

僕らは普段、数学を解いているときのように、
常に認識の中で現実世界を見つめ、
起きているときは夢が無いかのように認識だけを重要視する。

ところが、
このDMNが言うところでは、
「認識」で使うエネルギーは小さなもので、
「前認識のフィールド」にその20倍のエネルギーを使うというのです!

前認識のフィールド・・・

「それが何か?」
と認識する前に、脳内には無数のパズルのピースが
「それが何か?」を決定づけようとウヨウヨとうごめいている。

経験や知識、社会的背景から小さなピースが一つ一つ組み合わされて
絵としてカタチが浮かんできたときにはすでにそれは「認識」となる。

人は常に見て聞いているものを「認識」しようと努力しているのではなく、
(数学のように解こうとしているのではなく)
現実を、「前認識の領域」→「認識」と瞬時に
パズルのピースに絵を作ってもらっているのです。

そしてDMNがいうところでは、むしろその領域に膨大なエネルギーを消費していて、
例えボーっとしていても、パズルのピースは次の何かの「認識」に備えて、
ピコピコ働いているということなのです。

そこで僕は、これって「空」のことか?
と考えたわけです。

色即是空 空即是色

の空。

色は形あるもの。
分かりやすい。

空はよく、その形をつくる背後にあるもの、
なんて書いてあったりするのですが、
分かったようで、ん~とかしげたくなるような、
理解道半ば、みたいなところがあります。

ところがこのDMNを捉えてみると、
「認識」=色 (形になってますから)
「前認識の領域・DMN」=空 (形をつくる背後のもの)
となるではないですか。

フムフム。

さらにはこんな記事もあります。
 http://mag.onyourmark.jp/2011/12/news120801/13134

なんと、瞑想(熟練してくるとでしょうけど)するとDMNの活動が抑えられる。

つまり、瞑想は空を抑えて(当然色も抑えられる)、
無へと向かっているということでしょうか?
これならば、いつもん~と首をひねっていた、
無・空・色
が腑に落ちるのですが、いかがでしょう。

ちなみに完全な無を永遠にはありえないと思っていますが・・・

仏教をしっかり学んだ人からすると、「おいおい」かもしれませんが、
こんな感じで理解してみました。
どうですかね?
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