トップ  >  スポンサー広告  >  スポンサーサイト  >  感覚の学校  >  感覚の学校(仮)ミーティング

スポンサーサイト

--年--月--日

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページのトップに戻る

感覚の学校(仮)ミーティング

2013年05月28日

昨日、丸ちゃんと薫ちゃんがハナムスビに集まって、
感覚についてアレコレ話し合った。

このテーマ、盛り上がるね。

感覚
痛い、気持ちいい、美味しいなど、
実感が伴うものだから、
より普遍的な基準があるかと思いきや、
オモシロいことにけっこう脳が邪魔をして判断を誤らせる。

感覚と情報
まず、それに触れる前に情報なんかあったときには、
(例えばあそこのラーメンは美味しいぞなど)
先に美味しいがインプットされていて、
実際に舌で感じていることよりも優先されてしまう。

感覚と刺激
特に近年の特徴だろうけど、
人は欲求が強いから、味も経験も全て刺激が強い方向性に進む。
味ならば甘い、辛い、塩味をガツンと効かせる。脂味でもいい。
感覚は能動的でなくなり、常に受け身になってしまう。
鈍感になるということ。
そうなると、その他の味を感知できず、
刺激の強弱で美味しい!が決まってしまう。
身体的にも気持ちいい!は刺激の強弱できまってくる。

感覚と感情
ここが結ぶポイントだろう。
ココロとカラダとも変換できるかな。
身体感覚と感情の一致がうまくいっていないことによる不具合、
例えば自律神経系の不調などは、
感覚を上手くとらえて脳による情報フィルターを通さずに、
素直に表現できればかなり解消されるのではないかな。

そう感じているのならば、ありのままで表現しようよ!

そうそう、
昨日のミーティングでは
「開く」
「受け入れる」
がキーワードだった。

あまりにも情報が多すぎるから防御することは
生存において大切なことだけれども、
過剰防御による感覚のシャットダウンはいい情報までをも切り捨てる。
全て開くことは難しいにしても、開き方、受け入れ方はある。

感覚のスイッチオン!
鈍感になって眠っている細胞があるはず。
仮説だけれども。
ここをオンにすること。
都会に住んでようが、田舎にいようが、
どんな状況でもアジャストできる柔軟性のある感覚を手に入れる。

さて、現代風にストイックにならないようにしないとな。

チャレンジは、
気づき、感じることはできても、
一度お金持ちになったら生活費が削られなくなるのと同様、
刺激を強い方向からニュートラルに落としていくのは
なかなか難しいということ。

僕の実践から確実に言えることは、
感覚を養い、刺激を「ああ、まやかしだったな~」と認識すると、
カラダの調子があがり、日々、充実してくるんだ。

すごく気持ちいい!がしょっちゅうあるのではなく、
悪い調子がなくなり、毎日カラダが軽い!なんですよ。
これは気持ちいい度はそんなに大きくないけれど、
足し算したらけっこう大きくなるってこと。

これも感覚を養わないとね~~~。

気持ちいい!
この捉え方を魅せていくのが良いかな。

などなど、
ようするにですね、感覚をとらえなおしていくと、
生活が豊かになる、ここを示していきたいですね。

あまたの食事療法に代表されるのですが、
どれも良いと思います。
その人に合っていれば。
ただ、その療法を先に信じてしまうとカラダの微細な感覚が失われ、
本当にその人に合っているのか気づけなくなってしまうんです。

それよりも、まず感覚を磨いて、
自分自身を手に入れることによって、
~~療法がどう自分に合っているのか?を確かめつつステップを踏むのが、
間違いのない方法なのです。
遠回りはもうやめましょうよ!

ここを現代、求められているのではないでしょうか?
スポンサーサイト

このページのトップに戻る

コメント

名前
題名
メールアドレス
WEBサイト
 
コメント
パスワード
  管理者にだけ表示を許可する

このページのトップに戻る

トラックバック

このページのトップに戻る

プロフィール

kazooさん

Author:kazooさん
整体師 健康管理士

一人宗教家
勝手に思想家・哲学者
生命探検家

老人になったら最高にオモロイ人になります。

最新記事

カテゴリ

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。