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サピエンス全史~虚構は変化する

2017年07月29日

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読了

面白いけど、ここ数年どっぷりハマっている進化生物学、文化人類学をもとにした、サピエンスの進化を描いた本とは一線を画す。

それらは主に身体の本が多いから当然なんだけど、眼差しがフラットなんだ。特にジャレット・ダイアモンドの「銃 病原菌 鉄」は、現代ある南北、東西、人種、宗教、持てる者と持てない者等の格差問題を、純粋でフラットな眼差しから狂おしいほどに自分に問いかけ、結論に導いている。
それが全て正しいとは思わないけれど、僕らホモサピエンスのあいだに、優性、劣性の差(進化論ではこれまであった)などは無いのだ。*これだけの情報量を文庫本で購入できるのはお買い得!

近年はグローバリズムのカウンターで世界的に自国の選民性を声高にさけぶ流れがあるけれど、これは周回遅れね。日本では「世界の精神性は日本がリードする」なんて言ってるのを耳にするけれど、そんなことないと思うよ。少しは良いところはある、って程度でしょ。

この本は、どのようにサピエンスが世界に広がっていったかについて、サピエンス独自の思考様式を指摘していて面白い。

虚構を信じること。

僕らサピエンスは、だいたい150人ほどのコミュニティーならば個々を各々把握できるので問題はない。それを越えたとき、あるいは他のコミュニティーと交易などで交流を持つとき、想像上の何物かを共有することで一つのまとまりを得ることができた。それは神話・宗教であり現代で言うならばお金である。この虚構を信じることで世界を成り立たせている。
これは絶滅したネアンデルタール人などサピエンスと同じ系統を持つ種との大きな違いという。

いかにも。現代の最先端を行く虚構、金融の世界は実際のお金の何倍もレバレッジをきかせてトレードできるのだから!信用。虚構でルールを作り、架空の世界でもコトが成り立っていく。これがサピエンスの強みだと。そしてその虚構は常に変化する、、、
そもそも虚構なのだから。

それもある。
しかし、ユングのフィルターからものを見る僕は、神話を虚構とひとまとめにされてしまうと、サピエンス独特の「霊的な直観についての面白さ」を全く無いものにしているようで夢がなくなる。とはいえ現代、ユングと言っている時点でぶっ飛びなんだろうな。心理学も統計で語られるのは面白くないと感じるのは僕だけだろうか?
言うならば、神話はこのブログで何度も書いているように僕らの元型、深層心理に内蔵された「地球の歩き方」のようなもので、その道をアルケミストのように社会の声や常識にからめとられずに、いかに魂の旅路をするか?という問いかけなんだ。神話の上澄みだけを信じていると、それは著者が言うように虚構にしかならないのは事実だが、、、

この本の主の話ではないから、ここまで掘り下げてしまうとただの脱線だけれども、サピエンスのもっとも面白いところだから捨てておけない。

著者、ユヴァル・ノア・ハラリはリアリストであり統計学などの合理性から答えを導き出しているように見える。それがどうにも冷徹過ぎて逆に進化論を語るうえで上から目線になっているきらいがある。

例えばイギリスがインドへの支配から撤退した時の、ガンジーの評価。確かにヒロイズムとは時に誇張されがちだけど、そのイギリスのキレイな撤退の仕方(無理に戦わずに速やかに引いた)がガンジーの評価を押し上げたとするくだりは、力の支配を肯定する内容に感じてしまう。その支配によって多くの犠牲があったはずなのに。

そして核兵器があることによって平和がもたらされるという、バリバリのリアリスト思考もどうにも解せない。日本人だからだろうか?統計的には相互確証破壊(核のボタン押すぞ!押すぞ!とお互いが圧力をかけることで、お互い押せなくなるという)によって長い平和が保たれているという主張は欧米にありがちだけど、僕ら日本に住む者はの一部は、被ばくという経験から核兵器に対して嫌悪感がある。

サピエンスの叡智とはこんなものなのだろうか?
僕らは力でゴリゴリ押すことでしか平和を保つことができないのだろうか?

これはあくまでも統計である。
経済の予想が過去の統計からしか導き出されないのと一緒で(多くの経済学者が予想を外す)、真実は「不確実性」にある。現在~これからが解れば誰もが投資家になれる!その結果、誰も利益を上げられなくなる!
何が起こるか分からない。

細部の気になったところを書いたけれど、全体としては面白い。

世界は問答無用に統一に向かっていて、現在の孤立主義、保護主義はその統一へ向かう中での揺り戻しに過ぎず、一時的なものであることは間違いないだろう。

進化本に共通している課題だけど、やはりこの本も農業革命がサピエンスに過酷な生活をしいたとして否定されている。狩猟採取時代に比べて身体的に弱くなり、家畜をかうことでウィルスにさらされ、定住がより病原菌を蔓延させたと
これについては医療による新生児の死亡率が下がり、人口が増え、寿命が延びている「現在」をどうとらえるか?が書かれていないので無理があると思う。

それよりも、農業革命において最も加速した家父長制について触れているところがいい。ただ、これもユング的に家父長制=男性性と捉えてもっと話を進展させれば面白いと思うけれど、事実に触れた程度。

農が加速させた家父長制=男性性、それは男そのものなんだけど、ユング的に元型としてとらえて眺めてみると面白い。
男女の深層にひそむ元型、それは象徴的に表される。男性性ならば支配、天、力、分裂、競争、戦争、ルール、法、リーダーシップ、、、女性性ならば抱擁、大地、平等、柔軟、統合、やさしさ、、、

これは男女にお互いテストステロンとエストロゲンがあって、その濃度で男性的、女性的(男性はテストステロンが多く、女性はエストロゲンが多い)になるように、深層心理にも男性性、女性性をお互い内包する。例えば現代の男性性社会において政治家を目指す女性は、この男性性が強く出ていないと表舞台には立てない。

農業革命は家父長制=男性性による支配を加速させ、それまでの狩猟採取の生活では族長までもが狩りにでて戦っている暇すらないという状態から、農の苦役により余剰分で兵を雇い、政治家が生まれ、戦術家が生まれ、先に持てる者が他を駆逐する、というヒエラルキーを生みだし、現代にいたる。男社会偏重。

僕は未来図を語るとき、農を否定するのではなく、この男性性優位の現状から、農による女性性を見出す方が平和は近いと思っている(男性性を全くなくすということではない)。しかしながらこれは象徴的で概念的なので、個々がそのように変化するには時間がかかると思う。

ただ、絶対的に言えることは、楽に生きられるということだ。

虚構がサピエンスを結びつけると同様に、個々の虚勢が成功という虚構へとまい進させる。
成功?
それよりも肩の力抜いて、日々、平均的に怒りや嫉妬、戦いによる疲弊をなくした方が充実な人生を送れる時代に来ていることに気づこう。それには女性性に象徴される元型を自らに見出し、それを日々の生活で実践するのがいい。

下巻は宗教と創造主が世界を創った、という神話(誰もが問答無用に信じていた)を科学が否定してしまうというくだりに割かれている。

科学の発展はものが見える、分かるほどに、実は分からないことがたくさんあったという無知が明るみになるということで、それまで思考のOSにあった、世界が当たり前に、細部まで創造主に創られているというフィルターが溶解した脳内革命だった。

そして科学は加速度を高め、飛躍し、AI、シンギュラリティを語るまでになっていく。
サピエンスが逆に創造主を創り出してしまうようなSFの世界へと既に両足を突っ込んでいる現実がある!

倫理などこの科学の加速度についてこれるはずがない。

著者はこう問いを立てる。

”私たちが直面している真の問題は「私たちは何になりたいのか?」ではなく「私たちは何を求めるのか?」かもしれない。”

真の価値はなんだろうか?

今こそ大きな問いを自らの内に立てることが求められているのだと思う。


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