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じゃあ、お前はなんなんだよ。という段階。

2016年08月04日

政治に関して言えば、
点で見てはいけないし、感情的になってもいけないし(最後の最後は感情だけど)、
人の意見に流されてもいけないと思う。

僕の立場は右でも左でもなく、もう古いのは、自民党とただ反対を唱える勢力はどうか壊れてくださいという立場。
何度か書いたように憲法で言えば、新しく9条をブラシュアップして書き直せばいい。他にはない、日本独自の世界に誇れる平和憲法をみんなで考えればいいじゃない。

現憲法で、真のゴリゴリの護憲と自称するならば「自衛隊解散。ヤンキーゴーホーム」を唱えないとウソなんだから。自衛隊(海外から見れば軍でしかない)も集団的自衛権(日米安保)もあるのに無いとして(両方とも憲法違反)本音と建前を分かってて使って、今の状況はすでに違憲なのに、護憲だ!非武装中立だ!と言っている意味がわからない。護憲は書いたように「自衛隊解散。ヤンキーゴーホーム」だけでしかない。

だから自民党のやっていることを100歩譲って見てみれば、今まで右も左も国民みんなで騙しあっていた(建前していた)自衛隊と集団的自衛権をちゃんと可視化しようという話で、0を1にするような強引なものではなく、すでにあるウソついているものを、憲法なんだからちゃんと守るようにしようという話で、限りなく1に近かったものを1にする話でもある。どなたか相手から見てみれば、アメリカの基地があること、軍事費がトップ10に入る自衛隊がいることは抑止につながるだろうし、相互確証破壊つまり核の傘にいたのは事実としてある。
反対派は政府に反対するだけでなく少なくとも自衛隊について自分はどう思うかをきちんと言うべきだと思う。

戦争になってしまう!と感情を出す前に、もう少し考えたい。
限りなく1だったものが1になり明文化されることで、その可能性が最大化されるのかどうか?

歴史から見て似た経歴のドイツと比較してみるのもいい。敗戦後ドイツも主権を失ったけれど、主権回復時、軍隊も回復した。その点、日本は経済を優先して、アメリカに守ってもらうように流れを作り、ドイツとは違う方向に進んだけれど、要するに、安倍政権のやっている戦後レジームの脱却は、ドイツのように主権回復、軍隊回復したい、ということだ。ならば、先を走っているドイツの人たちに戦争になったのか、あの悲惨な時代に戻ったのかアンケートをとってみるのもいい。
昔旅していたころ、ドイツ人とよく話したけれど(今もそうなのかもしれない)徴兵制かボランティアどちらかを選ぶ必要があったという。選べるとはいえ徴兵制を敷いていることで、あの時代に戻りそうな気配があるのかどうか?ここも感情を優先する前に、一つの参考事項として耳に入れてみたい。

感情が独り歩きしてしまうと自分たちだけが正論であるという、聞き入れの余地がなくなるところにはまり込んでしまうのが今回の参議院選、都知事選でよくわかった。負けて、その他を民度が低いなどと内省をせずに言えてしまうのは、聞き入れの余地がない、つまり非平和であることを露呈するようなもので残念で仕方ない。負けるには負けるなりの原因があるものだ。

ここからが難しい。
負ける原因は分かっている。それに代わる魅力的な策がないから。賛成派ばかりでなく自民党に嫌気がさしている人でさえ、反対派の反対だけしか唱えない姿勢により強く嫌気がさしているのだ。ここに最大の票、無党派層が動かない原因があると思う。
賛成派は上記のように限りなく1に近いものを1にするだけのもので、その強引なプロセスにはNOとしているけれど、そこまで時代がひっくり返るようなことをするわけではないと感じていて、概ね了承している(18歳~19歳が自民党に入れたのにはびっくりした)。
反対派は暗黒の時代に突入すると感じている。
ならば策を出せばいい。最大の票である無党派層を引き付けるだけの、、、

難しいのは、それを考えるということは世界に類を見ない、新しい平和哲学、憲法を生み出すということだから。日本人は真似をするのは得意でも、世界に先駆けたシステムを構築するのができない。唯一あるにしても永世中立国家のような、非武装でいざとなったときに国民が駆り出される形だけど、今更、いざとなったときに国のために戦うことを覚悟できるかどうか、、、

だからどうしても現在ある形を継承して、かつ、見てみぬふりをしてきたツケを一つずつ解消していくことでしか整合性がとれる道はないのではないか。

完璧ではないけれど、生み出さないと前に進まないから、ここから自分の意見を。

その前に、自分が今の自民党の改憲案に反対なのは、日本会議の存在かどうか真相は分からないけれど、嫌な臭いがするからだ。きな臭い。

改憲案で天皇が象徴であることを元首に戻すことが組み入れられている。これだけだと意味に幅があるけれど、参院選の開票が進んで三原じゅん子が当選した時に言い放った言葉がそれに意味を持たせたと直感した。
「神武天皇が実在した」
この言葉は実に重いし、その背後にある意図が大いに読み取れる。本人が昔から勉強してその域に到達したわけでもないだろう。三原じゅん子のいる、その周りが同じように考えているということだ。それが日本会議だけにつながるのかどうかは知らない。

象徴という「格」から神の「格」へ。
それは同時に日本国という「格」を引き揚げようという魂胆だろうし、
権威、つまり霊的な強さの源泉を神話の長い歴史に裏付けしようという、あの、もと来た道だ。香ばしい。

集団の思考の中で、カウンター(揺り戻し現象)ほど安易に人を引き寄せてしまうものはないのかもしれない。おバカな現象だ。
例えば西洋医療は感染症を予防したり、それまでにバタバタ死んでいた病気を多く治し人を救ったが、100%の病気を治すわけではない。ただプラシーボ効果も相まって、みんな100%信じていたわけだけど、そんなことはない、風邪だって腰痛だって原因すら分からないじゃないか!となったとき、西洋医療=悪みたいな図式になって、東洋医療が復権したり、民間医療だけになったり、カウンター(揺り戻し現象)がおきる。西洋医療は科学だから、何%治るかが見えやすいから、治るもの治らないものを比較して検討すればいいだけなのに、全部がダメになる。
この図式は、長く虐げられていたものに起きやすいのかもしれない。世の中に完璧などないのだから、フレームの中で通用したこれまで良しとされてきたものも、時がたちフレームが色あせたのならば、それを踏襲しつつ、新たな形を求めればいいものを、逆の側に、元の側に戻そうという引力が働くらしい。

DNAの解明が人間の身体の進化、文化の進化を明らかにしている昨今、2600年前に神武天皇が存在した、は神話的にグレーにしておけばいい。ちゃんと科学的に証明する以外にほかないのだから。神話をないがしろにしろ、ということではなく実際に相応の歴史を刻んでいるのだから、それ以上に盛る必要はないだろということだ。
神話の本当の意味、真に解釈しなきゃいけないところが、そこにないことは(表面的に描かれていることではないことは)、このブログで何度も書いている。是非、ジョセフキャンベル「神話の力」を読んでください。
どうしても付加価値を見出したいのだろうし、世界でNO1みたいな文脈にもっていきたいのだろうけど、それは過去に通った道。その「格」を無理に担いだことで招いたことが何なのか、憲法云々の前にしっかりと学ばないといけないでしょ。自信のなさの裏返しみたいだし、背伸びしているし、良くない。

僕は右でも左でもないが、右でも左でもある。日本人でよかったと思うことは多いし、昔旅した時に日本人だったことで様々な国行けたことは、ひとえにその歴史の積み重ねがあったからだと思う。先人に感謝しかない。
ただ、天皇は僕の神ではない。神は自分の中に、あふれ出てくる生の源泉にある。そういう意味で元首という称号が、全体を束ねる上で個の自由を超えるような定義づけになってくるのならば断固阻止したい。そういう時代でないのだ。日本の祭祀をつかさどる人であり、日本の平和を象徴する人という位置づけで良いと思う。

これが僕が感じる現政権がすすめる改憲にただようキナ臭さであり、実際、揺り戻し現象的にそれなりの人数がいるだろうなと直感するところだ。

そう。
ならば、どうするんだよ!
と問われる。そこを考えていかなければならない。
これは日本の憲法だけの話ではなく、分配の話だし、既存の経済のシステムが正しいのか問われていることだし、幸福の話だし、健康の話だし、環境の話だし、平和の話だ。

まずは何がことを厄介にさせているか?ここを問いたい。賛成派も反対派も意見がお互い異次元すぎてかみ合っていない。その理由はひとえにアメリカ軍の基地があるからだ。
戦後の駐留そのままで、薄まったものの、占領されていることが問題を複雑にする。賛成派はアメリカの核の傘、パワーバランスに依拠することで抑止がきくから、そのままでいいというが、これは単に思考停止しているだけだ。沖縄に基地を押し付け、経済政策をはじめとしたあらゆる日本のかじ取りにいちいち注文がつくのも良しとするのか?砂川事件で垣間見れたように司法にでさえアメリカは口が挟めるのだから!主権国家なんてありゃしない。流れるままに外圧を受け入れていると、例えば何かを吟味する前に遺伝子組み換えの種子がいつの間にか入ってきてたりする。
そんな思考停止でいいわけない。主体的に何が平和で、何が持続可能で、何が人類の叡智に必要なのか選択をすることが大切だ。流されて受け入れるばかりの思考停止はツケを払うことになる。

まずはアメリカはグアムに引き上げてもらおう。
これがすっきりする。

そのうえで、集団的自衛権か個別かを考えてみたい。
そもそも誰かの意図で戦争に加担するのはまっぴらだ。正義の定義がだれか特定の人や一国の意図、欲で決められ、従うことが余儀なくされるのは僕の哲学に反するし、ヒトとして本当にそれでいいのか?もう一度考えたほうが良いと思う。そうすると、やはり個別になる。黒船以来、対等だった条約は存在しないのだから、主体的に正義のこと平和のことを考えるのならば、今一度その関係性をゼロにするのがいい。過去一度ゼロにしたときはエネルギーの蛇口を止められて、戦争に突入することになったけれど、そうならないためにどうするか知恵を絞らないと。

リアリズム(現実主義者)は最初に書いたように、集団的自衛権でアメリカの核の傘に入れるというタダ乗りが容易に得られるという。パワーオブバランスが歴然と存在するのだから、自分たちだけその枠から降りるのは、何でも取ってくださいと言っているようなもの、、、

ここを十分に説得させるだけのアイデアを自分が持ち合わせていないけれど、国連の安全保障は一つの大きなカードになると思う。集団的自衛権はなしだけど、国連による集団的安全保障はありだ。平和や正義の価値を多様性の中で決めていけるのは、今は国連しかない。
さまざまな地域で起こる、残虐な紛争や戦争を和らげるため安全保障に自衛隊が積極参加することは重要だし、個別的自衛権で丸腰になる、という意見に対して世界平和に貢献して世界を味方につける、という道筋が得られるのではないだろうか。

その意味で自衛隊は必要だ。
まずは自衛隊の最重要課題は集団的安全保障にあると。そのうえで自国の自衛について考えたい。もちろん災害時にも欠かせない。やはり平和を標榜して世界の支持を得るには、自分たちがゲームから降りるという姿勢を示す必要がある。全くなし、という手はあるが現実的ではない。ゆっくり時間をかけて武器0を目指す、というならばいいかもしれない。自衛はするものの、軍事費が相当に抑えられている(予算の何%にするとか)と示すだけでも、そうとうな胆力が試されるし、世界の耳目を集めるに違いない。

丸腰に近くなりますが、どうぞ、世界の皆さん日本の新たな平和に対するチャレンジを見ていてください。これは人類の未来につながります。積極的に世界平和に参加します。だから、いじめられたら助けてねw
と。

その意味では9条二項は変更になるし、加えていく条項がありそうだ。

まずは、憲法、特に9条について書いたけれど、政治の喫緊の課題は年金や医療の問題(社会保障)などもある。
もっと大きく見れば、ヒトという生命体の危機が喫緊だと感じるけれど、それもまた違うときに書きたい。

まあ、分断されて、相手のことをああだこうだ言っているうちは平和は訪れないので、無理クリでもいいからアイデアを出すのがいいと思う。

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