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死にぞこないゆえの、次のウェーブ

2016年06月15日

その昔、学生のころ、
ジミヘン、ジャニス、ジムモリソン、ピッグペン、
名だたるロックスターの多くが27歳で死んでしまうという伝説を知って、
「俺も太く短くだな」
27という数字に、そして死への憧れみたいなものを抱いていた。

自殺願望があったわけではない。
この生の、はちきれんばかりの、
気持ちが一万歩も前に走っていっている状態の自分のありかがさっぱり見えず、
どうせ生きるならドカ~ンと花火を上げるくらいじゃないとと漠然と思っていたのと、
多少の格好つけがあった。

ただ、イメージする死因はオーバードーズじゃなかった。

銃で打たれて死ぬのが理想だった。

それは「太陽にほえろ」で何人ものデカが腹を撃ち抜かれる、
あの名場面が死の残像として脳裏に強く刻まれていたからに過ぎない。

何発もお腹に弾をくらい、
激しく流血しているのに、前かがみになりながらお腹を押さえ、
よたよたと千鳥足が如く、右へ左へ、
時には叫び声をあげ、
時には電話までかけてしまい、
そんな生きてられるのかよ!と突っ込みをいただきながらも、
見事に散っていく、
あの強烈なシーンだ。

ちなみに本物の警視庁のデカであった父親は、
太陽にほえろで銃の使用をを観るたびに
「こんなことあり得ない!」とマジ切れしていた。
子どもたちに「まあ、テレビだからさ」
と突っ込まれていたものの、目は血走り、世の中に良くないとかなんとかブツブツ、、、
だからより激しい西部警察は完全にNGだった。
なんだろうね、テレビに真剣に怒るくらいまじめ。
そういえばたけしのテレビ番組見て怒ってテレビ局に電話していたな、、、
テレビさ、テレビ。

僕の不真面目さは父親譲りではない。

あのシーンが好きすぎて、
学校で何度もやっていた。
犯人役の友人に銃で撃ってもらって、
僕がお腹を抱えながら「おら~!この野郎!」
なんて言いながら、
前かがみにヨタヨタ、廊下を右へ、左へ、、、
後ろでは友人に太陽にほえろのテーマ曲のスローバージョンを口ずさんでもらい、
最期は電話までかけ散っていく、、、
爆笑でしたよ。

こちらで聴いてくだされ


多少の格好つけと書いたけど、
それが格好良かったのかどうか、、、

常にそんなこと考えていたわけではないものの、
これで死んでも仕方ない、
と思えるくらい、特に20代は無茶、無謀を繰り返した。

メキシコでは両方の頬に銃を突き付けられたし、
危険なところにはスリルを味わいにいき、
しまいには知らぬ間に中米で逃亡中の殺人犯と旅することになっていた。

変なところで気の小ささを見せるけれど、
こういう行動は怖いものなしだった。

そして27歳。

大事故だったものの死の手前。

中途半端に生きていたのかもしれない。
最期の本当のところで覚悟はできていなかった。

でも、それが良かったのだ。

生かされた。
僕は左股関節の動きを天にささげ、
その代わりに次の扉の鍵をいただいた。

10年以上経て確実に人生が変わったと実感できる。
やり場のない鼻血が出そうなくらいの興奮度、高揚感、
何かに対しての怒り、斜め横から見る厭世観みたいなもの、
皮肉、卑屈、、、

本当にラッキーだ。
全てではないものの、すっかり削がれている。
そして愛する家族がいる。
生まれ変わり、もう一つの、
もちろん流れを汲んだうえでの生を編集している。

とことん生と向き合い、とことん自分と向き合う。
死にぞこないだからこそ、その作業がまとわりつく。
逃げない。
意味がある。
生かされているのには意味がある。

もがき、苦しく、溺れるくらい自分を見つめる。
すぐに見えない。
僕は解を見つけるためなんでもした。
そして自分を責めた。
この出来事のすべては自分が過去起こしたことの償いだ、、、

事故から17年が経つ。

良し悪しの波は押しては引き、引いては押しの繰り返しで、
なかなかスコ~ンと抜けるような、
人生におけるビッグウェーブに乗ることはなかったけど、
今、どうやらきているようだ。

27歳のころ。
事故の前、それはそれはビッグウェーブだった。
楽しくて仕方ない。
とことん行ける!

この感覚と似ている。
とことん行ける!

以前と違うのは、自分も少しは賢くなったということだ。
あるいは今、この波を捕らえるための予行練習だったのかもしれない。

この波をうまく乗り切るためには、
身体のセルフケアができる
身体感覚が開いている
身体資本で生活を営んでいる
ここらがきちんとしていればうまくいく。
これが本当に大切な学びだ。

行くところまで行く。

身体に注意しながら。

さて、人それぞれに、それぞれの灯がある。
僕の場合、その燃える媒体にさらに燃えやすい燃料が塗布されているよう。
どんな灯か、それを知るのが大切。
ゆっくり長く燃えるのか、グワーッと行くのか、勢いほどほどで長いのか、
さらに大切なのは、それを燃やしきること。
自分の能力に手加減してばかりいると不完全燃焼になってしまう。
目を覚まそう。

Are you ready?


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