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躊躇なし、開く、平穏で。

2015年09月24日

聴こえる

とことん身体を動かそう。
今だ。

25歳くらいの頃の感覚と一緒。
歯車が合い始めている。
細かいミラクルが続いて、膨らんで、
物語が大きく、華やかになるとき、、、

間違いない。
感じる。

人生に何度あるか知らない。
だからこそ
もう、二度とないと思ってとことん行こう。

とはいえ二度目。
前回の究極の学びから得たものを最大限生かしたとき、
次はどんな世界が待っているのだろうか?

生きるってたまらないね。
痺れるわ。

前回、僕は究極的に、そして安直的に、
生を急ぎすぎて、
膨大な授業料を払うことになった。

結果としてはご存知、左股関節の機能を失った。
二年半以上の入院生活や
何度も治らない手術をしいられたことは、
どん底もいいところ。
Jimmy Cliff の Linbo よく聴いてたな、、、

どん底って、
毎日、絶対良くなると信じているだけの日々のことかもしれないと、
今書いていて思った。
次もまたダメかも(僕で言えば手術が)というささやきと戦っている、、、

治らないことで人生をやり直すことを誓ったし、
最終的には神にもすがった。

生命、哲学、宗教観、生きることをひたすら学んだ。

脚のことは、
とてつもない授業料だったけれど、
学んだことの質ははかり知れない。

自分の探求が広く深く、
惑わされず、澄んでいったのは脚のことがあったからこそ。

さあ、二度目の大きな潮流。

今は、全開。
フルスロットル。
考えない。ひた走る。
これまで積み重ねてきたことだからそれが一つになっていくように、
呼吸を合わせ、信じる。

前回と大きく違うのは、
身体について。

身体への意識が常にあるか、これは重要。
こういう時、身体の存在をつい忘れてしまう。
身体の万能感は永遠と錯覚する。

身体への気づきは、
もちろん不調の早期発見につながり、治して、日々快適さを維持できるし、
つい切れた凧になりがちな状態に、地に脚をつけていてくれる。
今、ここ。
この意識が身体中心でできれば、
必ずやいいところへ連れて行ってくれるに違いない。

もう一つ違うことは、
精神が落ち着いていること。

あの時のまばらな、気まぐれな感情が今はない。
平穏な心の状態こそ、この波のライダーになれるのだから!

あの学びを生かす時がやってきた。

しばらく、
躊躇なしで、
開きっぱなしで、
平穏で。

よろしくです。
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