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僕は宇宙そのものと言えるとき

2015年03月19日

自分をデザインする。

このブログで書いているように、
僕の人生は三章に分かれていて、
今、この伊那谷で学び成長してく第二章は、
「ヒトとして」
の生のあり方が大きな課題。
それは旅を始めてから変わらないんだけど、
より明確に道筋が見えてきた、ってことなんだ。

自然農をはじめ、日々の生活を通して観察し、
無駄をそぎ落として、
宇宙のリズムを発見し、同調、実践していくというもの。

そもそも、
ヒトとして、今ここにある、
ただこれだけで至福だ。
自由はかけるメガネで色が変わる。
(この時代に生まれている、ってだけでもラッキーなのさ)

その至福をより深く求めていくならば、
宇宙の中の自分
ヒトの無限の可能性
(これは今、征服とか優位とか間違った方向で進んでしまっているから正していこう)
なんかを捉えながら探求していきたい。

去年からの課題、
削ぐ、
つまり今、どれだけシンプルになれるかが、
その重要なステップになる。

これはタオ(老荘思想)でも明らかなことなんだけど、
僕らヒトはどうしても空白を埋めたい衝動に駆られる。
じゃないと不安なんだね。
さらにストックを無理やり積み上げる。
これが持てる者、持たざる者を隔てるみたいな、
成功と未成功みたいなギスギスした価値観になってしまっている。

しかしストックは脂肪となり、
身動きが取りにくくなってしまうのが現実じゃなかろうか。

身軽で、空白が少しあるほうが変化に柔軟だし、
逆に思考の余裕から精神的に安定する。

とにかく周りと比較しないことだね。
ワナだから。

さあ、進化しよう。
これまでの常識みたいなものを疑って、
自己に忠実に。

シンプルになると言っても、
思考をシンプルにしていくのは簡単ではないので、
実体がある身体から入っていこう。

まずは、身体に入れるものの純度を高める。
多いものから順に
空気


三傑だね。

シンプルになるには身体を構成している酸素、水、食べ物、
これらの純度を高めることが必須。

そこに方法が加わってくる。
呼吸の仕方
食べ方、食べる時間
水を飲むタイミング、、、

そして感じる。

感じることなしに、
ただ良いからってだけで形式ばってはいけない。

とにかく感じる。
カラダが軽いのか、気持ちいいのか、
重いのか、どこか流れが悪いのか、、、

法則は一つではない。
身体に聴いて、さらなる変化を求められるかどうか。

齢、42歳。
いろいろ学んできただけに、モノの判断や理解にバイアスがかかる。
僕なりのフィルターのつもりだったけれど(個性ともいうか)、
そんなものが自然の中に入れさせてもらう時、邪魔になる。

耳を澄ます。
何かを意図をもって聞く、ってことではない。
これ、やりがち。

目を凝らす。
自分が見たいものを見ようとする、ってことではない。
これもやりがち。

とにかく自分バイアスをかけない。
ただただ純粋なまなざしで入ってくるもの、音、光景、
全てに開かれている状態をつくっていく。

純粋感覚。
まだ捨てなきゃいけないものはたくさんある。

シンプルになるほどに
世界の見え方が、
発見が、
どんどん光り輝くものになっていく。

こういうことなんだよな。
天国も地獄も全て自分が創り出していくもの。

いそがない。
到達点を近くに持っていくと損する気がする。
もちろん人生いつ終わるか分からないけれど、
ゆっくりと甘い果実を食べるがごとく、
この人生を長く愉しみ尽くしたい。

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